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私たちはパブリックアートの草分け的な存在です。

今でこそ、街中や公園、さらには、「●●●芸術祭」「●●トリエンナーレ」など、屋外にアート作品を設置し鑑賞したり、アートと街の関係性を探ったりするのが当たり前となっていますが、

パブリックアートという概念が日本にもたらされたのは意外と最近で、1970年代頃になります。

 

彫刻黎明期とパブリックアート

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パブリックアートとは、日本語に直訳すれば、

「公共の芸術」

という意味になります。

つまり、公共空間に設置された芸術作品のことを指して「パブリックアート」と呼びます。

弊社の顧問 堀越誠は、当時まだ彫刻という芸術自体が日本に根付いていないような状況の1970年前後から、

日本で彫刻マーケットを開拓し彫刻という芸術を根付かせようと奮闘してきました。

そのような試行錯誤の時代に、

街づくりやアートなど、文化先進国であったフランスという国の

「彫刻のあるまちづくり 芸術が都市をひらく」

というコンセプトに出会うこととなります。

このコンセプトに大変に感銘を受けた、当時はまだ現代彫刻センターの役員であった堀越は、フランスの文化庁の担当官であり、彫刻のあるまちづくりを推進していた「モニクフォー女史」と交流するようにななりました。

そして、その交流を通じ、彫刻のあるまちづくりという「芸術が都市をひらく」という当時先駆的であった考え方を、日本に輸入し移植するよう邁進してきました。

結果、

「釧路幣前橋での道東の四季<春><夏><秋><冬>」

「札幌芸術の森 野外彫刻公園」

「仙台市彫刻のあるまちづくり」

といったプロジェクトとして実現され、以降、公共空間に彫刻作品を設置することが徐々に全国の自治体に拡まっていきました。

この頃から、「パブリックアート」という概念が日本で広がり始めました。

 

パブリックアートの先進事例であった「仙台市彫刻のあるまちづくり」

例えば、杜の都仙台の象徴としても表されるエミリオ・グレコの夏の思い出などがわかりやすい事例かと思います。bxxbktpcaaa0any

また、宮城県出身で、日本を代表する彫刻家 佐藤忠良の作品も、仙台市彫刻のあるまちづくり事業を代表する作品を台原森林公園に設置しています。代表作としても名高い「緑の風」です。

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当時は、彫刻を屋外に設置するということ自体が非常に斬新で、各自治体がこぞって屋外空間に彫刻作品をはじめとする芸術作品を次々と、設置していきました。

このように、彫刻を街中に設置し都市を芸術空間、情操の場として仕立て上げて行ったのが、ちょうど日本のバブル期である80年代でした。

この頃、屋外に次々と彫刻作品が設置され「パブリックアート」という言葉、日本語でいえば、

「公共芸術」

という概念・コンセプトが確立して行った時期と言えます。

 

彫刻のあるまちづくり「オーダーメイド方式」の普及

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佐藤忠良 道東の四季・夏@北海道釧路市 幣前橋

 

それまでは屋内、すなわち、美術館やギャラリー内でだけ展示されていた芸術作品が、

屋外空間に設置されることを通じて、「不特定多数の人たちから鑑賞される対象」へと変貌を遂げ、

さらに、これにより芸術自体が人々に親しみやすさを、つまり、芸術との距離を縮めることに成功し、

多くの人が気軽に芸術に触れる機会へと自然に変化して行ったと言えます。

仙台市の彫刻のあるまちづくりは、当時多くの反響を得て、他の多数の自治体から同様の事業を依頼されていきました。

この反響を得た理由のひとつが、彫刻設置の「オーダーメイド方式」にあります。

それまでは、既存の制作済みの彫刻をその場に並べて展示して行くのが普通でしたが、この仙台市の彫刻のあるまちづくりでは、その場所場所、空間や歴史などにあった彫刻作品を設置していきました。

それはつまり、

その空間や場所の歴史、自然の様相、地形などなど、様々な要素に合わせて彫刻を選択、もしくは、その場所に合わせた彫刻作品を制作し設置していった

のです。

今では当たり前の考え方ですが、当時その方式はとても斬新で、日本全国の自治体にこの方式が採用され、その場所場所に特徴的な作品が設置されるようになっていきました。

これは言い換えれば、コミッションワークとも呼ばれ、現在では至極一般的な考え方となっています。

 

野外彫刻公園への発展と、屋外空間そのものが芸術へと昇華されていったパブリックアート

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以降、このパブリックアートの代表格と言えるような、札幌芸術の森の屋外の彫刻公園や霧島アートの森などの公共の美術施設はもちろんのこと、イスラエルの彫刻家 ダニ・カラヴァンによって手がけられた、室生山上公園 芸術の森公園など、空間そのものを芸術作品へと昇華させていくようなプロジェクトを手がけてきました。

この40年の間に、パブリックアートという概念は至極当たり前のものになりました。

今では屋外空間に芸術作品が設置されていることは珍しいことでもありませんし、

「彫刻公害」という、あまりにたくさんの芸術作品が屋外スペースに設置されたことを揶揄するような言葉すら出てくるといった、「現象」までにも発展していった時代もありました。

 

「空間に生きる-日本のパブリックアート」展

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実は、パブリックアートに関しては、弊社の前身である会社が全国での巡回展を企画し、実施したことがあります。

それが、「空間に生きる-日本のパブリックアート」展です。

札幌芸術の森美術館、世田谷美術館、金津創作の森などを巡回しました。

日本のパブリックアートの模型や写真、映像などで構成したこの展覧会は、日本のパブリックアートを総括する一つの展覧会となりました。

 

パブリックアートという概念は、現在では屋外に設置する芸術作品という意味にとどまらず、公共的に触れ合うことができる作品としての意味を含むなどして非常に広い意味を持つようになりましたが、

以上のような経緯でその概念自体が発展してきたといえます。

私たちは、日本におけるパブリックアートの歴史を知る数少ないものですが、

今後更に、その意味が大きく広がっていくような、そして、人々の精神的な豊かさを実現できるようなプロジェクトをひとつでも多く手がけていきたいと思います。

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