Auguste Rodin
ピエール・ド・ヴィッサン、頭も手もない裸の記念碑
オーギュスト・ロダン(1840–1917)/ブロンズ
カレー市は、1年間続いた包囲戦の後、1347年に、イングランドの王に街の鍵を渡すため、自らの命を犠牲にすることを受け入れた市民たちの勇敢さに敬意を表したいと考えていました。百年戦争のこのエピソードは、ジャン・フロッサールの『年代記』(1360-1365)のおかげでよく知られており、フランスでもイギリスと同じように広く普及しています。
しかし、古いカレーのアイデンティティを確立することが必要だとされるようになる1884年まで、どんなプロジェクトも成功しませんでした。と言うのも、街はちょうどサンピエールという隣町と合併しようとしていて、その城壁を解体するための改修に着手していたのです。
市長オメール・ドゥワブランは9月26日、全国的に寄付を募って記念碑を建てようと市議会に提案しました。何日か経って、ドゥワブランは、パリに住んでいたカレー出身の画家プロスパー・アドリアン・イサークの紹介で、ロダンと知り合いになりました。その後、二人の共同作業は10年続くことになります。
《カレーの市民》は、ヌード、フルサイズで鋳造されています。そして服を着せられてから初めて、ピエール・ド・ヴィッサンを含む最初の3人の像の展示が、1887年5月にジョルジュ・プチで行われました。
1900年、決定版の記念碑に加えて、ロダンはピエール・ド・ヴィッサンの断片的なヌード習作を発表しました。左足と右肩下を補強した痕跡から準備状態であることがわかりますが、手がない点は、彫刻家の作業方法を示しています。彼は、異なる組み立て方法を試す可能性を残しておいたのです。
時間が経つにつれて、ロダンは、ほぼダンサーのように微妙にねじれて生き生きとした、この細長いボディの状態を目立たせることを意識するようになりました。1903-1904年頃には、ムードンの屋外でこの像を撮影させています。頭も手もないピエール・ド・ヴィッサンが、ロダンの存命中にブロンズへ鋳造されることはありませんでした。
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